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本日は節分…?|豆まきの日は子供の頃お金を集めていた日だったのです

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こんばんわ。

ブログMiMiです。

風邪が究極的に悪化してから、本日で5日目です。

既に峠は越えており、回復に向かっておりますので、ご安心ください。

本日の午後まで布団の中で寝込んでいましたが、午後から何とかデスクワークを開始いたしました。

先週は、まさに寝たきり状態でした。

肝心の頭が、まだうまく回復していないらしく、体がいまでも空を飛んでいるようなハイな感覚なのですが、お蔭様でインフルエンザのような風邪の各種症状は幾分楽になっています。

薬物中毒の人は、24時間こういった感覚なのかもしれませんね。

たとえれば、今の健康状態は、酸素濃度の薄い高度6000メートルの山麓で、必死に呼吸をしているような感じで、そこで高山病にかかってしまって死にそうだったのだが、それがだんだん回復しているような感覚です。

処方された風邪薬も本日の夜の分で全て終わりましたので、投薬に関してもちょうどよい感じですね。

ここまで体調の悪い体が治っていく瞬間は、実はとても気持ちがよいものであると思ってしまいそうです。

私は経験がないので、よく分かりませんが、人間、死ぬ瞬間は気持ちいいといわれます。

ですが、私は、死にそうなときから体調が回復する瞬間の方が気持ちよいと思います。

ただし、さすがに、5日間きっちりと寝たきりだったので、体がとてもだるいです。

明日からは、更に完全回復できるように、少しずつ、体を慣らして行こうと思います。

 

ここまで風邪が悪化した原因についての反省

元々は、気にするほどでもない、ただの風邪でしたが、それを軽く見てしまい、いつもどおりの走りこみや、屋外を薄着でうろついたり、夜は裸で寝たりしていた事が原因です。

最低限度の基礎体力はあるので、風邪など引かないと相当な余裕をかましていたのですが、もう20代の頃のようには行かないですね。

それで、ある程度キャパがあるはずの、私の体の限界を超えた負荷をかけてしまっていたので、外でウイルスや細菌にやられてしまったのでしょう。

風邪でしばらく寝込んでいたため、いろいろとご迷惑をかけてしまった人も多く、深く反省をしております。

インフルエンザのような風邪の症状が絶頂期の際には、死ぬかと思いましたし、現在でもその副作用はでており、頭がくらくらしています。

しかし、今回は特別とはいえ風邪もめったに引かないのですが、私はインフルエンザにはなりませんので、それが不思議です。

 

死にそうなくらいの重度の風邪が治った際に発生するある疑問について

意識が朦朧としたり、死にそうになるくらいの重度の風邪の症状から回復する際には、私だけかもしれませんが、ある特有の状態になります。

それは、以下のようなものです。

風邪の症状が悪化して死にそうになっているとき ・・・・ 完全に忘れていた子供の頃の記憶がとても鮮明によみがえる。

風邪の症状が良くなって治っていくとき ・・・・ なんか、新しい特殊能力を身につけたような気がする。

人間は、死にそうになると、走馬灯を見たり、隠れていた能力を引き出すなどといった言葉もありますが、それに近いものかもしれません。

特に、子供の頃の記憶で、すっかり忘れていたことや、完全に忘れていた人のことを鮮明に思い出しますし、どのような会話をしたか、どのような服を着ていたかなど、全ての記憶が復活します。

それが、寝込んでいる間、連続して発生するため、自分がその時何が出来たのか?、本当は何をしないといけなかったのか?等を真剣に考えてしまうようになります。

当然、起き上がれないですし、今自分がどこにいるかも分からない状態で、布団で寝込んでいるわけですから、まともに頭が回る状態ではありませんので、ふらつきながら、目も開けれずに起き上がれない状態で、そういったことを無意識に考え続けている感じです。

その結果、それらが治ってきて、風邪の症状が回復するにつれて、自分あるべき姿を再定義することにつながっていきます。

これが、なにか、新しい特殊能力を身につけたような気がするといった不思議な感覚の原因であると思っています。

実際に、何かいきなり新しい事が出来るようになったわけではなく、過去の記憶で忘れていた膨大な情報から、現在の自分に役に立てる情報を、当時は持っていなかった現在の分析能力で、再定義するといった処理になります。

これをすると、いろいろと、今後に役立つことを思いつくため、新しい能力を得たといった感覚になり、仕事やプライベートが捗るといった状態になります。

大体、私はいつもこんな感じです。

毎回このパターンなのですが、人間の記憶力というのは、本当に凄いもがあると、いまさらながら実感しています。

ですから、霊的なものであるとか、超能力的なものであるといった、ほら話ではなく、あくまで自分が持っていて忘れていた記憶を思い出して、それを今後に生かすといった話ですので、私が変な宗教などをやっているなどといった誤解されないようにして下さい。

私は、宗教にはまったく興味がありますので、一切何もやっていませんので、ご安心を。

あんなくだらないものに、時間とお金をかけるくらいなら、六甲山の下りでレース用にしたEK9を運転しながら全快走行していた方がまだマシです。

EK9とは、ホンダの車のことで、具体的にはシビックタイプRのことです。

 

子供の頃の節分は、お小遣いが入るとても楽しい日だったのです。

本日は、2月3日ですので、私の地元では恐らくは節分の日だと思いますが、他の地域ではどうなのかは正直言って知りません。

当時の私は、まだ6歳くらいだったかな?幼稚園くらいの子供だった頃の話です。

とても、貧しい家庭で育ったので、お小遣いといったものがまだなく、ほしいものを購入するのはとても大変なことでした。

この頃の私のほしいものといえば、当然ダントツでお菓子になります。

今とはさすがに全然違いますね。

ちなみに私が現在欲しいものは、ツタンカーメンのマスクです。

ツタンカーメンのマスクは、別に私が欲しいわけではなく、特定の人にかぶせたいから、その間だけ貸して欲しいといったものです。

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あまりに有名すぎて、ツタンカーメンのマスクを知らない人はいないと思いますが、ファラオの呪いとか言われていた、王家の谷で発見されたエジプトの有名な黄金のマスクのことです。

ツタンカーメンのマスクは、かつて私がお嫁さんにしようと企んでいた「しほら」というとても美しい女性がいたのですが、この女の子にかぶせたくて仕方がありませんでしたが、それは断念しました。

その為、現在、ツタンカーメンのマスクをかぶせたい人はいないのですが、仕事やプライベートをがんばっていたら、当時の「しほら」さんのように、そのうちまたそういった女性が出てくるだろうと言った感じです。

女性を幸せにする方法を知っている私としては、すぐに相手のことを分析して、その条件に自分が達していないのであれば、すぐに手を引くようにしています。

引き際も肝心だと思っています。

 

節分の日に、どうやって6歳くらいの私がお小遣いを集めていたのか?

当時は、ほんとに貧しい家庭だったので、お菓子すら購入をためらっていました。

私が小学生の頃、NHKで「おしん」といったドラマが大変流行ったのですが、その「おしん」はとても貧乏でずっといじめられて育ちます。

その「おしん」をみた、当時の大人たちが、あれなら、私の祖母の方が遥かに、酷い目にあっていると普通に話している状態でした。

「おしん」よりも、酷いといわれた私の祖母は、どれだけ苦労していたのか?と言った話ですが、それはさておき、当然、私の親の家庭もお金がありません。

その為、お正月と同じく、唯一自分でお金が稼げる日が、節分の日だったのです。

 

お正月と節分の日の決定的な違いですが、それは国内で稼ぐ方法と、海外で稼ぐ方法とまったく同じです。

ちなみに、親族からお年玉をもらえるお正月が国内で稼ぐ方です。

海外で稼ぐというのは、節分の日に、私が家の外でまったくの他人からお金を集めるといった感じです。

家の中だけでお金を回していても、6歳くらいの子供は、周囲の大人が決めた金額のお金しかもらえません。

しかし、屋外で、まったくの他人からお金をもらう場合は、自分ががんばった分だけ、沢山もらえることになります。

6歳でも、それくらいの違いは分かっていましたので、当然、当時の私は命がけでがんばりました。

夜の9時を過ぎた頃は、通常は屋外への外出は禁止なのですが、この日だけは親からOKをもらって、近所を走り回っていました。

今にしてみれば、とても狭い範囲ですが、当時の私としては、とても広い範囲を走り回っていたといった感覚です。

お年玉は、黙っていてももらえるけど、節分のお金は、自分でがんばらないともらえないといった話。

他人に雇われている人、自分で独立している人の違いにもよくにていませんか?

節分の日の一番のライバルは近所の子供たちだった

節分の日は、外でお金をもらえるとご説明していますが、誰でも簡単にもらえるわけではありません。

そもそも、他人から手渡しでもらえるものではないため、全てにおいて先に見つけた子供のものになります。

とうぜん、それは、町全体のイベントとして行われるため、子供たち全員がそのお金を競って奪い合います。

ですから、ボーっとしていては駄目で、どこにお金があるのかを予測しながら、早い者勝ちで集めていかないといけません。

このあたりも、現在の社会人の競争とまったく同じです。

 

鬼は外、福は内!は神の声

それは、この掛け声から全てが始まります。

まだ、どうやってお金を集めていたのかのご説明をしていませんが、もうすぐ分かりますので、ご安心ください。

おにはーそと!、ふくはーうち!といった掛け声を大人がかけ始めると、私を含むは子供たちはそれが始まった事を理解します。

そして、しばらくして静まった頃に、その豆がまかれた場所に向かいます。

すると、ティッシュでくるまれた豆がそこら中に散らばっているのですが、その中に、5円、10円、50円、100円といった硬貨が入っているのです。

これを、如何にしてに集めるかといったお話が、今回の節分の日は、子供の頃お小遣いを集めていた懐かしい日のお話です。

中には、豆しか入ってなくて、まったく意味が無い場合もありましたが、100円玉が入っていると、大騒ぎになっていたのはいうまでもありません。

ごくまれに、当時発行しいてた500円札が包まれていることもあり、それを拾った際には、ものすごく嬉しかったのは覚えています。

ただし、拾ったお金は、必ず親には報告をしないといけません。

さすがに、親がそのお金を取るといったことはしませんでしたが、意味のあるお金なので、外に向かってありがとうございますといったおまじないをしていました。

まさに、鬼は外、福は内です。

災いは、豆と一緒に外に捨てて、災いをなくした、お金(福)を子供が内に入れるといったお祭りですね。

当然ですが、当時6歳くらいの私は、この収入は税務署には申告していませんし、当時の税法は知りませんが、金額的にも申告する額ではないでしょう。

落し物だから、警察に届けないと生けないのでは?と思われるかもしれませんが、これは当時の私の地域の風習のようなものですから、警察もさすがになにもいわないでしょう。

今は、すでに、この風習自体がなくなってしまっているのではないかと思います。

それは、子供の減少であったり、時代の流れであったりいろいろですね。

できれば、こういった将来、お金に対する価値観や、仕事に対する価値観などで、役に立つような風習は、今後も日本国内で受け継いで言って欲しいと思っています。

本日は、風邪で寝込んでいた際に、思い出した、子供の頃の記憶をブログに書いていました。

他にも、いろいろと思い出したのですが、とりあえずは、本日はこれまでです。

6歳くらいの頃、とても楽しかった節分の日は、今の私には残念ながらありません。

あの頃の、とても楽しかった気持ちと同じような状態になれるのか?と言った問題ですが、これは今後の反省点になるかと思います。

たまっている仕事が沢山ありますので、そちらも対応しないといけませんし、明日は銀座に行かないといけませんので・・・。

今週で、悪化した風邪を完治させたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

 

 

 


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